今回は「 絶対に勝つ 」という精神が、
「 努力しても届かない世界があるんや。 」に敗れた時の話です。
バスケバカ全開だった私は
中3の夏、府下大会3位となり、
近畿大会出場を逃しました。
私が近畿大会出場を目標にしたのは
その前の年の近畿大会で2点差で敗れた相手、
園田中学校の永山選手に
リベンジしたいという想いがあったからです。
どうしても永山選手と勝負したかった私は
洛南に進学した先輩に頼み込んで、
洛南の1年生数名(西賀茂OB+園田OB+藤森OB)と
園田中学校まで行きました。
この日、永山選手とマッチアップして
バスケバカに終焉が訪れました。
『 これが近畿No.1プレイヤーの実力か。 』
『 努力しても届かない世界があるんや。 』
中学2年生の時も、もちろん実力は完全に彼が上でした。
そこから1年間、本気で必死に努力を積み重ね、
京都では上位の舞台でプレイしてきました。
しかし、1年ぶりにマッチアップすると、
差が詰まるどころか
遥か彼方の存在になっていました。
引退して2週間ほど経っていたと思いますが、
コンディショニングを差し引いても
完全に手の届かない世界のプレイヤーになっていました。
ショックを受けた私にさらに追い討ちをかけたのは
園田中学校が全中の予選リーグで敗退したことです。
『 永山より上手い選手が全国にはゴロゴロいるんか!! 』
実はこれ、私の勘違いでして、
永山選手は将来的には全日本にも入っておりますし、
JBLスリーポイント王も取っていますし、
高3のウインターカップのダンクコンテストでは
スクリューダンクを決めて優勝しています。
全国の同学年の中でナンバーワンプレイヤーといっても
過言ではない選手です。
歴代の洛南のエースの中でも、
名シューターとして名前が上がる一人だと思います。
大袈裟にいうと、私は同世代の日本No.1プレイヤーに挑んでいたのです。
ですから、私のような凡人と実力差が開いても当然なのですが
それを知るのはもっと時間が経ってからでした。
永山選手との圧倒的な実力差を目の当たりにした私は
まさしく バスケかぶれの常識 で
自分の努力の限界の線引きをしていまいました。
( あとがき )
No.1を目指しているチームの練習を見学してから
少し自分の高校時代の話を多く語りましたが
このブログは選手の役に立てればと思い書いております。
色々と振り返る良い機会でした。
そして、ここからどう動くかが重要だと思います。
まずは バスケかぶれの常識 を
とっぱらうお手伝いができればと思います。
洛南の選手はインハイ予選の決勝戦が終わってから
散髪にいっていました。
普段、散髪にいく暇がないそうです。
京都で一番練習しているのは洛南かもしれません。
東山で自主練が圧倒的に凄かったのは
岡田選手と米須選手だそうです。
岡田選手は京都出身なのに、通学の時間も練習をしたいと
寮生活をおくられました
京都精華の3年生は中学生の時、新人府大会の決勝で
敗れています。
そこから這い上がったのです。
「 強いチームや上手い選手はモノが違う。 」
と思われがちですが、それもバスケかぶれの常識と呼べるかもしれません。
「 強いチームや上手い選手は誰よりも集中して練習している。 」
のが真実だと思います。
バスケかぶれの常識により、その土台にある
努力の部分に気づけていないのではないでしょうか。
そういった部分を伝えることにより、
常識を取っ払えるのではないでしょうか。
自分の常識を取っ払って、
どんなことがやりたいか考えてみてはいかがでしょうか。
日本No.1プレイヤーに挑んでもいいじゃないですか。
『 人は笑おうと、天は笑いはしない。 』
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