現役時代の影響が大きいのでしょうが、
自分の中では近畿大会が終われば
バスケの夏が終わった感じがします。
今の中学3年生は
クラブチームでの活動がある人もいるとはいえ、
昔の私のように
毎晩、試合のことを思い出している選手はいると思います。
悔し涙で枕を濡らしている選手もいると思います。
私は中学2年生の時も
中学3年生の時も
涙がかれるくらい泣きました。
毎晩、毎晩、試合のことを思い出し、後悔しました。
( なんであの時の1プレイを… )
と、数年間引きずったプレイがありました。
中3の試合のビデオは
その後数年間、いっさい見ませんでした。
本気で後悔し続けました。
私にとっては後悔の中学バスケでした。
高校の進路はバスケ部で選びました。
京都で準優勝、近畿でベスト8の結果に大満足でした。
大学では体育会でバスケを続けました。
4回生の時には関西2部のチームでスタメンでした。
バスケットセンスのかけらもないと言われた
私にしてはよくやったと方だと自分では思いました。
それから時が経ち、
バスケットを撮るようになり、
多くの選手と出会ってきました。
勝利に歓喜し、
敗北に涙する。
そんなシーンとたくさん出会ってきて
気づいたことがあります。
『 バスケット人生の価値に勝敗は関係ないな 』
逆転を狙ったシュートが入った!!
やったー最高のバスケ人生!!!
逆転を狙ったシュートを入れられた…
後悔のバスケ人生…
ってそんなわけないですよね。
たった1試合の結果、
たった1本のシュートで
自分のバスケ人生の価値が決まるわけないですよね。
しかも、相手のシュートの成否や
自分がベンチにいたりとかした場合は、
どんなに努力しても
結果は動かせないですよね。
それに気づいた時、
後悔の中学バスケットは
自分の中で、
最高のバスケ人生になりました。
なぜなら
京都で一番努力すれば一番になれると
心の底から信じて努力したからです。
今となっては信じられない話があります。
BB少年は中2の近畿大会でマッチアップした
同級生の永山誠( 園田中→洛南高→日大→パナソニック)というスーパースターに
1年後の近畿でリベンジするために必死で努力していました。
しかし、残念ながら府下3位で
近畿大会出場を逃しました。
どうしても勝負したかった
BB少年は洛南に進学した先輩たち
(永山の先輩+自分の先輩)に頼み込んで
全中前の兵庫の園田中まで連れて行ってもらい
彼と勝負したのです。
当時から近畿ナンバーワンプレイヤーであり
後の全日本プレイヤーに
バスケの才能が一切ないと言われた
私が勝負を挑みに行ったのです。
今ならきっと止めるでしょうが、
バスケバカここに極まれりです。
今、後悔している
中学3年生の皆さんにとって
中学バスケはどうでしたか。
好きなバスケットを楽しめましたか。
精一杯努力しましたか。
涙で終わりましたか。
今はまだ後悔していても良いと思います。
でも、いつか私と同じように結果ではなく
歩んだ日々を誇りに思える日が来るでしょう。
笑顔も涙も
君がたどり着いた最高のゴールだ。
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